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石畳の肌触りが心地良い。
まだまだ寒い時期だが、凍えそうな辛さはない。
このまま眠りに落ちていくのが妙に心地良いような。
頬に当たる小石に気付いて、自分が外で寝ていることに気付く。
時計のアラームが鳴っていた。
身体を無理やりねじらないと見えない場所に時計をつけていた為、一体何時なのかわからない。
「多分・・、午前4時か5時か。そんなところか。」
口だけは、脳だけは何とか動いているが身体の他の部分は自分の意思ではもう動かすことが出来なくなっていた。
痛いとか、だるいといった感覚は殆どなく、脳だけがぼんやり起きている そんな感じだ。
耳を澄まして、心臓の鼓動音を数えてみる。
かなり途切れ途切れだ。
間隔も長い。
「ヤバイな。」
「このままだと、いっちまう。」
そう思ったが、特に不安はなかった。
「仕方ないか。」
そう思った。
至極当然のように。
「まあ、いいか。」
そう思った。
あたりまえのように。
「楽しいことも沢山あったしな。色んな国へ行って、沢山の人に出会えたし。沢山の人に俺の音を聴いてもらう機会にも恵まれた。これ以上望むのは俺には贅沢なんだろう。
まあ・・、仕方ないか。
大好きな路上でくたばるのも悪くない。」
フラッシュバックが始まった。
鮮明な画面が、脳内に現れては消えていく。
凄まじく速度は速かったが全て、経験したことのある画面だった。
知った人たちばかりだった。
「人が死ぬ前に観るっていうアレか。」
冷静にそう判断した。
2月、まだ寒い日の午前5時頃 木屋町通りでのことだった。
「もう、いいだろ。このまま消えちまっても誰も困りはしない筈だ。やり残したことは沢山あるけど・・、こんな風になっちまった俺にそれが出来るとは思えねえ。無理だ。諦める・・・か。もう少し、うまくやれると思ってたのにな。
またかよ。
いつも。いつもだ。
良い感じになってきた処で、テメーが出てきて何もかも壊しちまう。
もう、疲れた。
お前の勝ちだ。
素直に負け認めるぜ。」
心臓の音はだんだん遠くなってきた。
近くで鳴っていたものがどんどん遠ざかっていくのを、感じていた。
聴いていた。
「遠い・・・。遠いな。」
開ききった瞳孔はきっと今も、そのままだろう。
ビー玉みたいに漆黒なのだろう。
鏡をみなくても、どんな状態かわかった。
只、見開き続けた眼は半分だけ閉じられていた。
黒い幕がだんだん降りてきた。
身体自体は動かなくなってもうどれくらい立つのだろう。
此処に来る前に随分色々な箇所に打撃を与えていた筈だが、痛みはもう無くなっていた。
身体が其処にあることも忘れてしまうほどに。
足首が真っ赤に染まっていた。
血がどくどく流れてた。
真っ赤な血は床に広がっていくことをやめようとはしなかった。
綺麗な赤だった。
暫くの間、それに見惚れていた。
「まだ、どうしようもない俺の中からこんな綺麗な色がでるんだな。」
何か切り付けたあとがあるが、自分でやったものなのか誰かにされたものなのか、殆ど記憶がない。
仮に自分でやったとして、その理由が全く思いあたらない。
切り付けた痕は足首だけではなかった。
沢山の箇所に打ちつけた痕や切り付けた痕が残っていた。
「最初に左腕を切り付けたのは・・・・、たしか小学校のころだったな。」
そもそも、何故こんな路上に倒れているのかがわからない。
恐ろしく鮮明な、極彩色のフラッシュバック。
脳の内部だけは、ものすごい速度で動いていた。
「これは・・・ato-sakiか。劇場だ。」
片足のない男が軍服を着て何かを叫んでいた。
声が聴こえた。
男達が何かを叫んでいた。
女達が泣いていた。
音は聴こえないが、声を想い起こすことはできた。
言葉を想い起こすことはできた。
「おれは・・・生きているのか・・。死んでいる・・の・・か、」
何かを伝えようとしていたが、すぐに彼方へ飛んでいった。
地下のカフェにいた。
誰かが踊っていた。
誰かが絵を書いていた。
誰かが、座っていた。
誰かがピアノを弾いていた。
「懐かしいな・・。オトノカケラ・・のgirlsか。良い一回だったな。アルハベッツもやったっけな。この日に、ato-sakiに出ること決めたんだったな。あれ・・は和見か。いつか外国に連れて行くって行ってたのにな。」
速度はどんどん加速していった、
現れては消え、また現れ加速する極彩色の画像群。
泡のようにはじけ、消えていった。
身体を通過し、何処かへ飛び去っていく人々。
リトアニアの劇場。
パリの下町。
ベルリンの廃墟。
アムステルダムのカフェ。
マルセイユの海。
ベルギーの劇場。
ワイマールの教会。
アメリカのBAR。
握手をする人々。
食卓を囲む家族。
叫び続ける群衆。
闊歩する男達。
走り続ける男達。
金に眼のくらんだ男達。
戦い続ける男達。
騙し続ける男達。
嘘をつき続ける男達。
何が嘘なのかわからなくなってしまった男達。
愛がわからなくなってしまった男たち。
狂ってしまった男達。
溺れてしまった人たち。
帰らない人たち。
酒を片手に、叫びつづける老人。
焚き火を見続ける人たち。
耳の聞こえない観客。
眼の見えないギター弾き。
手のない役者。
足のない踊り子。
言葉を失った歌姫。
身体を持つことを拒否した写真家。
指を自ら切断したピアニスト。
色盲の画家。
人を愛せなくなった演出家。
自分を刻み続ける彫刻家。
文字を知らない書道家。
嘘をつくのに慣れてしまった女達。
騙され続ける女達。
騙されることにはまってしまった女達。
溢れる愛の落としどころを見失った女達。
何かにとりつかれた女達。
戦い続ける女達。
甘える場所をなくしてしまった女達。
居場所を求める女達。
日常を求めて戦い続ける女達。
路上。
瓦礫。
光。
闇。
水。
男。
女。
弔い。
祭。
仲間。
覚醒。
螺旋。
光。
紫。
途。
闇。
心。
病。
希望。
傷。
自我。
忘我。
鍵。
箱。
空。
歯車。
是。
媒。
機械。
即。
桜。
音。
心。
希。
興。
唄。
独。
素。
数。
色。
泡。
舞。
鉄。
瓦礫。
踊。
心。
闇。
光。
水。
空。
色。
白。
黒。
父の声。
何かを俺に伝えようとしていた。
何か大切なことを。
大きな背中を何時も観ていた。
大きな手を何時も観ていた。
力強く無骨だが優しく大きな手。
「やるときは死ぬ気で行け。
勝つまでやめるな。
相手が許しを請うてもやめるな。
殺す気で行け。
でないとお前がやられるぞ。
追い詰めて、手も足もでないようにしろ。
相手が負けを認めたときに手を抜くな。
そのときに相手に隙を与えるな。
トドメは確実に刺せ。
刺したあと、相手を観るのを忘れるな。
息を吹き返しそうなら確実な、トドメをもう一度刺せ。
やめたときがお前の負けだ。
死ぬ時がわかったなら誰かに受け継がせろ。
見つけられなかったらお前の負けだ。
負けるってことは死ぬってことだ。
0から1を繋ぐ何かを探せ。
1を聴いて10を知れ。
10を100にも1000にもできる力を持て。
解からないことがあったら人に聞け。
よく聴け。
よく観ろ。
お前の眼は節穴か。
節穴だったら今すぐ何処かへ行ってしまえ。
行って、眼をもう一度養って来い!!
誰も知らない事はお前が考えろ。
お前はそんなに頭は悪くない方だ。
自分で考えろ。
女は大切にしろ。
仲間は大切にしろ。
家を一歩出たら、周りにいるのは全員敵だと思え。
地位を振りかざすやつらを許すな。
お前ならやれる筈だ。
お前ならやれる。
お前は俺の息子だからだ。」
電話がなった。
一回だけなった。
出ようとしたが、身体がうまく動かなかった。
「今日は・・、何月の何日だ?」
身体を無理やり捻れば、携帯電話の画面は見れなくもなかった。
捻るとバキッと、硬い音が鳴ったが痛みはなかった。
2月の半ばだった。
「何か・・。大事な約束があった・・筈だ。」
携帯の画面はメールの受信画面になっていた。
「オトノカケラ」と書かれていた。
「そうだ、やるっていってたな。出演を約束したんだった。
良い演奏するって約束したんだった。」
良い音出すからって約束したんだ。
アイツと約束したんだ。
ぶっ飛ばさなきゃならねーやつもいたな。
やらずに・・、やらずにこんな処でくたばってたまるかよ。
「行かなきゃ。 こんなところで寝てる場合じゃなかった。」
立ち上がろうとしたが、うまく足が動いてくれなかった。
何度も、やってみたがうまくいかなかった。
「立つこともできねーのか・・!!今の俺は!!!」
声が出た。
言葉にはなっていなかったが声が出た。
身体が少し動いた。
叫びながら、なんとか膝をつく格好にはなれた。
「もう少しで、立てるか。」
フェンスに無理やり指を引っ掛けてみた。
力が入らず、また倒れた。
もう一度指をひっかけた。
爪の割れる音がした。
硬い音だった。
小指の爪だった。
腰にぶら下げていたチェーンに気付いた。
フェンスのフックを引っ掛けて、無理やり身体を壁に引き寄せた。
フェンスに身体が当たって大きな音がした。
腰に衝撃はあったが、痛くはなかった。
フェンスにぶら下がっている格好にはなれた。
「もう少し・・・だ。」
もう一度指を鉄格子にからませて、力を込めた。
壁にもたれかかってはいるが何とか立てた。
音が聞こえた。
声が聴こえた。
足音が聴こえた。
沢山、聴こえた。
足音が聴こえた。
やつらの足音が聴こえた。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ZAN!!!!
「さあて。始めようか。」
今年、2006年2月のことだった。
何日だったのかは覚えていない。
まだ、寒い日が続いていた。
その日は雪が降っていた。
張り詰めるような寒さは何処か心地よかった。